【続編】スウェーデンのコロナ対策「集団免疫獲得」の真実 5月5日

3月13日20日27日4月16日と4回にわたりスウェーデンのコロナ状況をまとめてきました。

今回のブログでは、スウェーデンで今注目される「R-tal(基本再生産数)」について、また最近日本のメディアでも話題となる「スウェーデンの集団免疫獲得」についてもまとめます。

死者数の推移

スウェーデンで初めてコロナウィルスCovid-19で死者が出た3月から現在までの死者数の推移は以下の通り。

3/13 死者数 1名。

3/20 死者数 16名。

3/27 死者数 92名。

4/16 死者数 1,333名。

5/5 死者数 2,854名。

出所:スウェーデン公衆衛生庁ホームページ

うなぎのぼりに上昇中のスウェーデンの死者数。

人口100万人あたりの新型コロナウイルス死者数5/3

イタリア:474.85人

イギリス:419.03人

フランス:381.40人

スウェーデン:265.27人

アメリカ:208.48人

デンマーク:83.54人

ドイツ:79.87人

フィンランド:45.51人

日本:4.03人

参照サイト:https://web.sapmed.ac.jp/canmol/coronavirus/death.html

ヨーロッパや近隣の北欧諸国、またアメリカと比べても高い比率の死者数であることは明らかです。

しかしスウェーデンでコロナウィルス感染防止対策の指揮をとる公衆衛生庁は、現在の状況は「アンダーコントロールにある」と断言しています。

スウェーデンの社会規制

以上のように人口比でみると多くの死者が出ているスウェーデンですが、3月中旬以降、スウェーデンの社会規制に大きな変化はありません。

スウェーデンの社会規制
  • イベント:3月29日から50人以上の集会が禁止。
  • 海外渡航:EU外からの入国は禁止、ただし国民、医療関係者、外交官など例外あり。
  • 国内旅行:引き続き自粛要請。
  • 高齢者施設へは立ち入り禁止。
  • 学校、保育園:引き続き通常授業。風邪の症状がある場合は症状がなくなってから48時間は自宅待機。高校、大学、社会人学校は引き続き遠隔授業。
  • 交通機関:本数は夏休みダイヤで少なめですが、通常通り運行しています。ただ利用者は少なく、1車両に数人の乗客のみという状態が続いています。
  • 感染の恐れがある場合:コロナウィルス相談窓口11313(特設番号)に電話をすること。

小中学校、保育園の休校休園はなく、外出自粛、自宅勤務により市内の人出や公共交通を利用は全体的に減少しているものの、人々は比較的普段通りの生活を送っています。

レストラン、カフェ、商店は売り上げ減少の苦境に立たされていますが、ソーシャルディスタンスを保つことを条件に営業は許可されています。

のちに述べますが、スウェーデンの感染防止対策の目標の一つには「長期的に持続可能であること」があります。これは社会システムや経済もそうですが、個々人、中でも複雑な家庭環境にある人々や、子ども全般の精神的身体的な健康面も重視されています。

それがロックダウンや国境封鎖、小中学校、保育園の休校休園を行わない対策にもつながっています。

R-talet/基本再生産数とは

スウェーデンのコロナウィルス感染防止対策の指揮をとる公衆衛生庁はReproduktionstalet(スウェーデン語、通称R-tal)/Basic Reproduction number(英語)/基本再生産数(日本語)の数字に注目しています。

基本再生産数とは

疫学において、感染症に感染した1人の感染者が、誰も免疫を持たない集団に加わったとき、平均して何人に直接感染させるかという人数。1人の患者が何人に感染を広げる可能性があるかを示す。

引用:ウィキペディア

つまり、基本再生産数が1の場合(R-1)、1人の患者が1人に感染を広げます。

2人の場合(R-2)は、1人が2人に感染させます。

3人の場合(R-3)は、1人が3人に感染させます。

このように、このR-XのXにあたる数字が大きければ大きいほど、感染が広がりやすくまた感染拡大のスピードが早くなります

写真:SVTスウェーデン国営テレビのホームページから

ちなみに以下は、4月29日に公衆衛生庁が発表したスウェーデンの基本再生産数の推移です。

スウェーデンの基本再生産数(R-talet)推移

3月(コロナウィルス感染が広がり始め)=R-2からR-2.5

4月上旬=R-1.4前後

4月10日~20日=R-1前後

4月21日以降=継続的にR-1以下

4月25日以降=継続的にR-0.85前後

出所:4月29日発表の公衆衛生庁資料

この基本再生産数はスウェーデンだけでなく他の北欧諸国でも感染状況を判断する根拠となる数字と位置付けられており、例えばノルウェーでは4月6日に基本再生産数が0.7となったことから、「感染は制御下にある」との判断を示しました。

以上の基本再生産数推移は、スウェーデン公衆衛生庁がコロナウィルス感染の広がりが「アンダーコントロールである」と考える根拠の一つとなっています。

一般人にとってもわかりやすい説明です。

スウェーデン対策のキーマン、テグネル博士

スウェーデンでは、今回の新型コロナウィルスCovid-19に限らず、同様の大規模なウィルス感染が発生する場合の感染防止対策は、スウェーデン公衆衛生庁が指揮をとるのが基本です。

過去のブログでも述べましたが、スウェーデン公衆衛生庁というのは、公衆衛生学に関する専門家が集まった組織です。スウェーデン政府はこの公衆衛生庁の分析や判断、推薦に基づいて、例えば休校要請だったり、外出自粛だったりを決定します。

 

さて今回このスウェーデン公衆衛生庁を代表し陣頭指揮をとっているのは、アンデシュ・テグネル(Anders Tegnell)博士です。ちなみにテグネル博士は2004年から疫病関連の政府機関で働いており、2009年に豚インフルエンザ感染防止対策時にも責任者として対策指揮をとりました。

過去数か月、スウェーデンメディアでこのテグネル博士の顔を見ない日はありません。毎日行われる公衆衛生庁の定例記者会見のみならず、スウェーデンのニュース番組、新聞記事、また国外メディアにも頻繁に登場。スウェーデンの独特なコロナ対策を指揮する人物として世界中で注目されています。

写真:AFP via Getty Images

さてこの疫病専門家として長年の実績と経験を持つテグネル博士率いる専門家集団、スウェーデン公衆衛生庁の新型コロナウィルス感染防止対策の目標は当初から一貫してぶれがありません

その目標とは、

  1. 感染拡大のスピードを遅くして、急激に感染者が増えないようにすること
  2. 感染拡大よりも早く医療体制を整えること
  3. コロナウィルス問題は長期化するという前提で、長期的に持続可能な対策をとること

つまり感染をとめることはできないという前提で、感染拡大のスピードを遅くし、長期間にわたり、医療崩壊せず必要な人に必要な医療を提供することが目的です。

長期戦を覚悟したスウェーデンがとるのは、ロックダウンや国境封鎖によるウィルスの排除ではなく、共存という作戦です。

当然スウェーデン公衆衛生庁の方針に異議を唱える専門家は少なくありません。また高齢者や基礎疾患を持つ患者が集中医療を受けられていないという指摘もあがっています。

しかし、批判が多いときも少ないときもテグネル博士がさまざまなメディアで発言するすべての内容には一貫性がありぶれがなく、また常に数字的根拠がある点に安心感があります。

スウェーデンの大手新聞紙DagensNyheterとIpsosが4月に行った意見調査によるとテグネル博士を信頼していると答えたスウェーデン人は69%、信頼していないと答えた人は11%でした(4/16-26に1194人を対象にスウェーデンで行った調査)。

コミュニケーションのうまさもあるのかもしれませんが、スウェーデン国民と政府、また省庁の間にある信頼関係は特記すべきものです。

スウェーデンの「集団免疫獲得」は作戦か?

最近日本のメディアで、まるでスウェーデンのコロナウィルス感染防止対策の目標や作戦が「集団免疫を獲得すること」である印象を受ける記事やニュースを目にしたり耳にすることがあります。

しかし、テグネル博士はじめスウェーデン公衆衛生庁が

「集団免疫獲得がスウェーデンのコロナウィルス感染防止対策の目標(作戦)である」と発言したことは一度もありません。

先述の当初からの目標を遂行していったことで、結果的に集団免疫を獲得しつつある、という結果論にすぎません。

4月29日の米紙USA TODAYのインタビューでは、テグネル博士は

「ストックホルム地域では約25%が感染して免疫を獲得している可能性がある」

「数週間以内にストックホルムエリアでは集団免疫を獲得できる可能性がある」

と述べました。

ただし、コロナウィルスは新しいウィルスなので、一度感染して抗体を持ったとしてもその免疫効果がどのくらい継続するか、またどのくらいの効果があるかは不明とされています。

スウェーデンのメディアでは「集団免疫獲得=ウィルス感染拡大が終わることでない」と、はっきりと言われています。その点は日本のメディアも誤解のない報道をしてほしいと思います。

スウェーデンはまだまだ長期戦を続ける覚悟です。

スウェーデンの死者数が高い理由

ここで、スウェーデンの死者数をふりかえってみます。

前記の通り、スウェーデンの死者数は人口100万人当たり250人を超えており、これは世界的に見ても非常い高いレベルです。日本の100万人当たり4人と比べるとまるで別世界の話のようです。

「感染が制御下にある」

「医療崩壊していない」

といいつつも、この死者数の多さはいったいなんなのでしょうか(スウェーデンの医療システムが一括管理なので死者数の把握が一部の国より正確である点は省きます)。

その大きな原因は2つあると言われています。

その1:高齢者

スウェーデンの高齢者施設ではクラスターが発生しています。

スウェーデンの大手新聞Dagens Nyhterの5月3日の記事には、スウェーデン全土の少なくとも541の高齢者施設で感染が確認され多くの施設利用者がなくなっていると書かれています。ちなみにストックホルム地区では383のうち205の高齢者施設で感染が確認されているそうです。

公衆衛生庁の公式発表によると、5/4時点での80歳以上の死者数は合計で1769名となり、全体の63.9%を占めています。

3月27日のブログに書いたように、スウェーデン社会庁の「集中治療ガイドライン」もあり、高齢者(基礎疾患がある場合も多い)は集中治療をうけない場合があります。

社会庁のコロナウィルス医療優先順位ガイドライン

1.回復の見込みがもっとも高いものが優先的に治療される。

2.回復の見込みが同じくらいな場合、予想される余命の長いものが優先される。

3.回復の見込みや余命が同じくらいな場合、基礎疾患の有無が考慮される。

さらに集中治療は身体への負担の高いことから、精神的、肉体的な負担を避けるために高齢者は集中治療ではなく緩和ケアをうける判断となることも多いようです。

いずれにせよ、高齢者施設での感染拡大についてはテグネル博士も今回の感染防止対策の初期段階での最大の失敗だと認めています。

ただ、もともとスウェーデンの高齢者施設の運営方法や衛生管理方法については課題があると言われてきており、それが今回のコロナウィルスCovid-19の感染クラスター発生につながった点も指摘。

テグネル博士は「これを機会に、今後高齢者施設や訪問介護看護現場に改善がみられることを願う」と発言しています。

その2:移民

スウェーデン国内では公に語られることが少ないですが、移民が多いことも高い死者数と関係していると考えられています。

2019年にスウェーデンが受け入れた移民の数は115,805人です(SCB調べ)

2019年外国に背景を持つ人の割合は約25%に上ります(スウェーデンで生まれ育っても両親などが外国人の場合はこれに含まれます)。さらにそのうち外国で生まれの人は19.1%。また外国籍を持つ人は9.1%です。

スウェーデン公衆衛生庁の調査によると、コロナウィルスによる死亡者の中にソマリア、イラク、シリア、アフガニスタンからの移民が多くみられるそうです。

もともと移民問題はスウェーデンの社会がかかえる大きな課題の一つです。今回このように一部の移民での死亡率が高くなっている原因としては以下が考えられます。

・社会的格差により住宅密集地に住んでいる

・スウェーデン語や英語を理解できないため情報が不足している

・世代間の物理的な接近が多い

こちらも高齢者施設の問題と同様に、以前からスウェーデン社会が課題として抱えていたことが、悪い方向に影響した形です。

失敗を失敗と認める

今はスウェーデンにしろ、どの国にしろ、その対策方法が良いか悪いか、効果があるかないかを議論する段階ではなく、判断をできる根拠は何もありません。

そんな中今回のブログをまとめていて改めて感心したのは、スウェーデンはたとえ政府要人であっても、省庁の責任者であっても、企業の上層部であっても、

失敗を失敗として認めやすい社会

であることです。

感染防止対策の陣頭指示をとり責任を一身に背負うアンデシュ・テグネル博士や公衆衛生庁が精一杯コロナウィルスと戦うことができるのは、

誰もが失敗する、失敗を認めた人を必要以上に追い詰めない社会

が根底にあるのだと感じます。

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みなさま、どうぞ引き続きStay Safe、お気をつけてお過ごしくださいませ。

5月5日 ストックホルムにて

ダールマン容子

※記載にあたり公的機関のホームページや新聞記事などの情報をできるだけ正確に集めましたが、万が一誤った情報などにお気づきの方はどうぞご連絡ください。